シミュレーションが拓く原子の世界

教授 広瀬 喜久治

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現在の半導体デバイス製造技術などの最先端のプロセスは、ほとんど原子分子のレベルでの化学反応を伴う表面現象を利用していますが、それらの現象には未知の部分も多く、プロセスの実用化のためには実験で試行錯誤を積み重ねていかざるを得ないのが現状です。これらの現象を実際の実験に代わって計算機実験によって解析することができれば、効率的にプロセスを開発できるものと期待できます。

精密科学専攻では、COEプロジェクトにおける精密科学の研究を効率よく進めるために、このシミュレーション手法を取り入れ、計算物理領域を中心とする計算グループと実験グループで共同研究を行っています。

具体的には、

  1. 化学反応プロセスを高い精度で解析するための量子力学の第一原理に基づく分子動力学シミュレーションを高速に実行することが出来るアルゴリズムやソフトウェアの開発
  2. このソフトウェアを用いたシミュレーションによる固体表面での分子の吸着・分解、薄膜形成、表面改質、除去加工などの各種表面化学反応プロセスの原子レベルからの解明
  3. シミュレーションで得られた計算結果、特に電子状態計算結果と計測実験結果との一致の確認
という研究を行っています。

図1 第一原理分子動力学シミュレーションによる表面化学反応の解析例。これはSi(001)2×1表面上におけるF2分子の解離吸着過程の計算結果である。F2分子が解離し、Si表面上に吸着する様子が見て取れる。このように、第一原理分子動力学法の適用により様々な化学反応過程の追跡が可能になる。

現在の第一原理分子動力学法に求められていることは、計算機実験を、実際の実験により近い環境のモデルで、高精度かつ高速に実行することができるアルゴリズムを開発することです。ところが、従来よく用いられている平面波展開法による第一原理分子動力学法は、周期関数を基底関数に用いているために、計算モデルに制限を課してしまい、現実に則したモデルの構築が困難であることが多々あります。そこで、当計算グループでは、幅広い表面現象を、実際の実験により近い環境のモデルでシミュレートできる新しい計算手法として、実空間差分法による電子状態計算手法の開発に取り組んでいます。この方法は、ワークステーションレベルの汎用コンピュータでも並列化による高速計算が可能であり、第一原理分子動力学法に求められている要件を、全て満たしています。現在までに実空間差分法の理論の構築、並列化プログラムの開発、実用試験を行い、従来の計算法と比較してより高精度な結果が得られることを確認しています。さらには、従来の平面波展開法では厳密な計算が困難であった表面垂直方向に電界がかかったモデルのシミュレーションも可能です。
図2 電界蒸発現象のシミュレーション。電界強度E=6.5 (V/Å)における電子密度分布。1fsは10-15秒。電界の効果により吸着していたタングステン原子は価電子を失い、陽イオンとして蒸発していく様子が分かる。

図2 はタングステン(011)表面から1個のタングステン吸着原子が電界蒸発する現象をシミュレートしたものです。電界の効果により、タングステン吸着原子が陽イオンとなって蒸発していく様子が分かります。このように新アルゴリズムを、各種加工現象を始めとする様々な固体表面現象や化学反応に適用することにより、未知の表面現象の解明と応用技術の開発、特に半導体デバイスの製造技術の開発に貢献できることを目指して、現在研究を進めているところです。


O plus E(新技術コミュニケーションズ) 2000年5月号に掲載された、当研究室の研究 (注意:1.6MByte)
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